March 18th, 2005

自動車見聞録

2. 今更ながら2005年のF1展望

Eyes down! 2. At this time of day, my preview of F1GP 2005. 

 筆者、せいぜい雑誌からの情報ではありますが、30年近くF1を見てきた中で、2005年のF1に対して今まで感じたことのない違和感を持っています。いわゆる「2レース1エンジン」や「1レース1タイヤセット」といった大幅なレギュレーション変更のことです。毎度言われるように、その影響は走ってみないと分からないワケですが、今年についてはシーズンを展望するためには、各エンジンサプライヤーやカスタマーが「どのように2レースを戦うか」を見る必要があります。
 ここで確認しておきますが、初戦オーストラリアGPの時点では「2レース1エンジン」と「1レース1タイヤセット」は、あくまでも「原則」であり、それぞれには、以下のような付帯事項がありました。

  • タイヤ

    • 走行に安全性を欠けば、レース中のタイヤ交換は可能。

  • エンジン

    • 予選(決勝前)でエンジンが壊れたら…決勝までに交換可能。ただし予選グリッドは10番降格。

    • 2レースのうちの1戦目で、決勝レースを完走できなかったら…次のレースではペナルティを受けずにエンジン交換可能。
      (この場合の「完走」の定義は、チェッカーフラッグを受けるという意味であり、レースの大部分を走破した場合や、レース距離の90パーセントを満たして完走扱いを受けたとしても、「完走」にはあたらない。)

つまり「リタイアの原因に拠らず」DNFであれば次戦でのエンジン交換が可能なのです。曲者であり、レギュレーションの根幹にも関わる不条理さを感じます。実際、アクシデントによって戦列を去ったMichael Schumacherはともかく、最後まで全く良いところの無かったBARは、ファイナルラップで2台ともマシンをリタイアさせるという「戦術」を採りました。入賞できなかった他のチームが同様の戦術を取らなかったことに、F1におけるスポーツマンシップを垣間見ました。その中でBARが敢えてこのような形でのリタイアを選んだことで、結果的に、噂されていたHONDAのエンジンライフの問題は、「レギュレーションの盲点の助け」を借りねばならぬほど深刻であることが露呈したと見ています。
 結局、付帯事項は見直され、リタイヤの理由を報告することが義務となり、エンジン交換の可否はその理由によって決まることになりました。

 こうした小ズルイ話を指摘する輩は、実は指摘したことそのものをヤッてしまいたい人かも知れません。かく言うワタシも、そのひとりです。
 例えば、あなたがF1のチームオーナーだったとして。エンジニアであれば、またはプレーヤーであれば、そのプライドに則って目指すことはただひとつのはずです。ですから、あくまで「オーナーとして」、この2レースをどう組み立てるでしょう。
 マクラーレンのようにレーシングオーガナイズを生業とする場合や、フェラーリやトヨタ、そしてBARのように自動車メーカーの後ろ盾があるならば、やはり勝負に徹するでしょう。
 一方で、オーナー企業のコマーシャリズムを目的とするならば…ハッキリ言ってしまえば、レッドブルのオーナーとなった場合は別の戦略も考えられます。カスタマーエンジンでは戦闘力に多くを期待できない、仮にエンジンライフに若干の問題を抱えているとしたら。ワタシなら、耐久性を下げてでもパフォーマンスを上げてもらって、最初のレースで派手に頑張って、次のレースで派手に壊れてもらう。その方が、全戦騙し騙し中盤を走るよりは、コマーシャリズムの観点から有利ですし、BARの戦術に比べれば格段にスマートです。

 開幕戦、他チームの存在を一気に霞ませる大活躍を見せたレッドブルですが、果たしてワタシの稚拙な考え通りのことをやってしまうのか、それともあの活躍が本物であるか。第2戦の見所になるでしょう。

 レギュレーションの盲点を突くという戦術は、如何なるルールにおいても起こり得ることであり、私が感じる「これまでにない違和感」とは、抜け道の存在を指すものではありません。ワタシが憂慮しているのは、性能ではなく、ハードウェアの寿命を規定することの馬鹿馬鹿しさにあります。コスト削減を目的としたレギュレーションと言われていますが、正確には、カスタマーにとってのコスト削減であり、サプライヤーにとってはレギュレーションに対応するハードウェアを開発するためのコストは、性能を追求するためのそれに比較すると、決してコスト削減にはならないでしょう。

 新レギュレーションは、ハードウェアの寿命を厳密に半分ずつ管理しない限り、フルパフォーマンスを発揮することにはなりません。何より、最初のレースを戦うにあたって、次レースまでを考えねばならない。最初のレースに集中できないばかりか、ハードウェアを維持するための持久戦を強いられるでしょう。ただでさえ、追い抜きの少ないレース展開に、今回の付帯事項の見直しは、リスクの少ない走りを強いるあまり、結果としてドライバー本来のパフォーマンスをスポイルすることにならないか。今後、ワタシなりの考えも、折に触れて示していくことになると思いますが、「これもF1」などと安易に受け止める前に、モータースポーツの最高峰たるF1の意義を考える時期に来ているのかもしれません。

※追記:
 残念ながら3/19の時点で、佐藤琢磨選手の欠場が発表されました。このため、リザーブドライバーのアンソニー・デビッドソン選手が出走となります。
 ここで、ふと疑問がうまれました。「2レース1エンジン」は、自動車に掛かるルールなのか、それともドライバーに掛かるルールなのか。第3戦の琢磨選手のマシンは、前者であればいきなり2レース目のマシンで挑まねばなりませんが、後者であれば1レース目のマシンとなります。そして、次回デビッドソン選手が出走する場合も、前戦のステータスに依存するのか、デビッドソン選手の2レース目となるのか。
 こんなことを考えている間に、またまた浮かんできた疑問なのですが、1レース目のゴール直前で、エンジントラブルで止まったマシンを、ドライバーが押してフィニッシュしてしまった場合。厳密には次戦でエンジン交換してグリッド降格となります。エンジンは前戦で壊れたことが明らかだったにも関わらず、です。
 ワタシの中では、今回のニュースをきっかけに、新レギュレーションの妥当性に対して疑問符が増えるばかりです。

(管理人)

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