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Daelim:  South Korea


Dane 1000: Denmark


Dakota Thunder: USA

Dakota Thunder is a brand of KPI group. It makes custom motorcycle frame kits.


Daming: Taiwan

大明機車電機行


Dayang: China

Luoyang Northern Ek Chor Motorcycle Co Ltd.


Daystar: USA --- Custom Bike

A new company producing REVELATION, OMEGA and RAPTURE of hand-built, V-Twin road bikes designed to appeal to Christian riders.


Death Row Choppers: USA


Dennis: USA

Dennis' Auto Service. Mini Bikes.


Derbi: Spain

Nacional Motor S.A.U. (Derbi)

 デルビ。1922年、Simeon Rabasa Singlaが創業した自転車修理工場が前身。まもなく、自転車製造に転じ、やがてモペッドやオートバイのフレーム生産を行う。
 44年、同社はオートバイ製造を目的にBICICLETAS RABASA社を設立。49年、最初のモペッド"SRS"を生産、大成功をおさめる。50年、NACIONAL MOTOR SA.と改称。同年"DERBI"の名でオートバイを発表。DERBIとは、"DERivado de Bicicleta (DERived from a BIcycle...自転車からの派生)"を省略したものである。
 また、60年代からモータースポーツ活動を行い、断続的ではあるが、現在も息の長い活動を続け、伝統あるレーサーファクトリーとして知られている。

 65年、モペッドに関するスペイン国内の法律施行(折りたたみ可能なペダル、平地での最高速度40km/h)。66年、DERBIMATIC, SCOTMATIC といった自動変速機を開発。69年には、ドライブチェーンを封印するなど、イージードライブやメンテナンスフリーに力を注いだ。同年、欧米とアフリカ、東南アジアに輸出開始。その後、77年に多くのメーカーが日本企業による買収で消滅したことや、80年代前半の輸入攻勢などの危機を乗り切り、87年にはKawasakiの輸入代理店となる。91~94年まではApriliaの輸入代理も行った。
 88年、Simeonが死去。
 92年、スクーターの生産を開始、バリエーション展開を広め、以降は50ccクラスに集中するなど、着実な活動を続けてきたが、2001年1月22日、Piaggioとの統合協定に同意、Piaggioの100%資本となった。


Desperado Motorcycles: USA --- Custom Bike


Desperate Dans: UK

Desperate Dans Custom Motorcycles


Detroit Bros.: USA

Detroit Brothers Inc.

Custom bikes


DFT: USA

D.F.T., Inc. Independent suspension trike conversion kits for Harley Davidson and Gold Wing motorcycles.


Di Blasi: Italy

Di Blasi Industriale srl. Folding Bicycles, Folding Tricycles and Folding Scooters

折り畳み式モペット


Dihao: China

Jiangmen Dihao Motorcycle Co., Ltd. (江门市迪豪摩托车有限公司)


Dinli: Taiwan

Dinli Metal Industrial Co., Ltd.  ATV, All Terrain Vehicle, Sport quads, Utility Quads, homologation, on-road quads, off-road quads, heavy-duty quads and racing quads.


Direct Bikes: UK

Direct Bikes Scooter - Buy Scooters Direct.
The scooters which they manufacture are supplied at competitive price by three steps in their website.


DKW: Germany


DNA: USA

DNA Specialty Inc.

Motorcycle kits.


Dong Tian Enterprise: China

Dong Tian Enterprise


Dong Wei: China

汕头市东威摩托车有限公司


Drag Specialties: USA


Dream Toki: Japan

ドリーム・トキ。アルミレーサー、2輪駆動公道車、モトクロッサー。


Drysdale: Australia

Drysdale V8 Engine & MOTORCYCLE


DSK: Japan

DSK自動車工業


Ducar: China

DUCAR GROUP (重庆大江摩托车销售有限公司). 

1993年創業


Ducati: Italy

Ducati Motor S.p.A. / Ducati Motor Holding S.p.A

 1926年、Bruno Cavalieri Ducati、Adriano Ducati、Marcello Ducati の兄弟がラジオや無線の部品製造会社を創業。その後、家庭用のラジオや電気カミソリなど、様々な製品をを手がける。当時のムッソリーニの政策によって急速に工業化をを推進するのに伴って、1939年当時で7000人の従業員を抱える企業に成長する。しかしながら、第二次世界大戦によって壊滅的な被害を受け、産業復興公社(IRI)の支援を受けることとなった。

 IRI は Aldo Farinelli が創業したモペッド用補助エンジンメーカー SIATA (Societa Italiana per Applicazioni Tecniche Auto-Aviatorie) に Ducati を紹介する。SIATA は原動機付き自転車 Cucciolo が大ヒットし、増産のためエンジンの生産先を探していた。1946年、Ducatiはエンジン生産を開始し、1947年には販売権を獲得する。Cucciolo は SIATAとの協力の下、エンジンを改良しながら1950年までに20万台以上を販売した。Ducati は、自社で改良に取り組んだエンジンを用いて、再びSIATAとの協力によって自社製オートバイを開発、公式に"Cucciolo"の名称で販売を開始する。

 当時、Ducati は IRI の依頼によって1946年から1952年までカメラ製造を行っている。同社生産の代表的なカメラである"Sogno"および"Simplex"は、一般的なカメラと逆の、カメラを構えて左手側が巻き上げノブという構造であった。"Sogno"「イタリアンライカ」または「ミニチュアライカ」と呼ばれた。

 やがて、市場がより大型のオートバイを求めるに従って、IRI は、多様なモデル展開を求め、これに応じてスクーターと警察向けオートバイを開発する。スクーターはその先進性が評判となり、Ducati は IRI のマネージメントからほぼ独立することになった。このとき同社は分社され、オートバイ部門は Ducati Meccanica SpA、通信機器部門はDucati Elettronica (1980年代に "Ducati Energia"と改称)となった。
 Ducati Meccanica SpA は Dr. Giuseppe Montanoが引き継ぐこととなる。政府の補助によって工場は現代的に改装され、日産120台の生産規模を誇った。
 1954年、エンジン設計主任として Fabio Taglioni (1920-2001) がモンディアル社から転職。以後、Taglioni は、長く同社の代表的なデザイナーとして君臨する。1955年3月にはカムシャフトをベベルギア駆動する100ccOHCエンジンを搭載した"100ccグラン・スポルト・レーサー(愛称マリアンナ)"を設計した。
 1956年、世界グランプリに参戦、125ccGP用レーサーにデスモドロミック機構を採用する。「デスモドロミック」とは、1つのバルブにつき2つのカム・ロッカーアームを設け、バルブ押下とバルブ引上を分担させ、スプリングに頼ることなく機械的にバルブを強制開閉する機構である。1956年には、市販車として初めて、マークIIIシリーズにデスモドロミック機構を採用する。2007年現在、Ducatiは、デスモドロミックを採用する唯一のメーカーであり、同社の代名詞でもある。

 やがて安価なオートバイが市場に参入してきたことによって、ヨーロッパの多くの会社の経営が不振に陥る中、先進的な技術を売りとして経営を持ちこたえてきた。1960年代から1990年代までは、スペインの MotoTrans (1957年創業のオートバイメーカー、1983年ヤマハが買収)においてDucati エンジンのライセンス生産が行われ、これを搭載した独自モデルが生産された。MotoTransが生産した"250 cc 24 Horas" のレース仕様車は、1956年から1958年まで、3年連続でバルセロナ24時間レースを制している。

 1967年、日常的な工場操業に関してのコントロールとして、政府機関EFIMのマネージメント体制に移行する。1973年までは Montano、1978年まではDe Eccherが会社を率いた。
 1978年から、国家助成による VM Group の傘下に入る。同年、マン島TTF-1レースで、マイク・ヘイルウッドの乗るNCRの900SSが、当時最強と評されたホンダRCBを破って優勝。また、市販車では、カムシャフトを伝統のベベルギア駆動ではなく、ベルト駆動する初のモデル500SLパンタを発売。
 1983年、Cagivaと提携を結ぶ。1985年に、Cagiva が買収。
 1993年、アルゼンチン人デザイナー Miguel Angel Galuzzi が Ducati Monster をデザイン。同年、Pierre Terblanche、Massimo Bordi そして Claudio Domenicali が Ducati Supermono をデザインする。また、1995年には、Massimo TamburiniがDucati 916をデザインする。

 1996年、Texas Pacific Group (現 TPG Capital) が3億2500万ドルを投資、株式の過半数を取得して子会社化し、1998年には残る株式を取得して完全子会社とする。1999年、Ducati Motor と改称。同年、株式を公開し、65%の株式を売却した。2003年、MotoGPクラスに参戦。ホンダ、ヤマハに次ぐ勝利数を挙げている。 
 2005年12月、Investindustrial Holdings が会社を取得し、再びイタリア資本となる。
 2007年、ワークスライダー Casey Stoner とドゥカティ・マルボロチームがMotoGPクラスで年間優勝。日本以外のメーカーとしては、1974年のMVアグスタ以来33年ぶり、そしてDucati として初の3部門(ライダーズ、コンストラクターズ、チーム)を制覇した。
 この間、1996~2001年 および 2003~2007年まで Federico Minoli がCEOを務めた。

Worldwide

 


Dunstall: UK


Dunlopsminibikes: Canada

The "Sprocket" Mini Bike


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