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DA: South Africa

The DA had been part of Toyota SA for over 36 years.


Dacia: Romania

Automobile Dacia S.A. A subsidiary of Renault.

Overseas


Daewoo (Bus): South Korea

Daewoo Bus Corporation

大宇バス。2002年、GM Daewooの設立に伴って、バス部門を分離独立。


Daewoo (Heavy Industries): South Korea

Daewoo Heavy Industries.

Go Doosan.


DAF: Netherlands

 DAF TRUCKS
 1920年代創立の中・重量トラックメーカー。60年代前後には、自社開発によって、Vベルトとプーリーによる無段変速(ヴァリオマティック)を採用した小型車を発表し一躍その名を広めた。
 ヴァリオマティックはF3マシンやワークスラリーカーにも採用され、その優秀性を実証したが70年代後半ボルボに吸収。現在はパッカーグループの傘下にある。
 ヴァリオマティックの技術は、現在もCVTとして進化している。


Daihatsu: Japan

 ダイハツ工業株式会社。
 1907(明治40)年3月、大阪高等工業学校(現・大阪大学工学部)の校長であった安永義章、同校機械科長の鶴見正四郎らと、実業家の岡實康、桑原政、竹内善次郎らによって、国産エンジン製作・販売を目的とした「発動機製造」として設立。
 31年にツバサ号三輪自動車を、37年には小型4輪自動車を発表。
 51年12月に「ダイハツ工業」と改称。社名は、大阪の「大」と発動機の「発」が由来となっている。
 57年8月爆発的ヒットとなったミゼットを発表。60年代には乗用車市場への本格的な進出を目指し、63年ヴィニヤーレのデザインによるコンパーノ(ライトバンタイプ)を発売。66年軽乗用車市場にも参入。
 67年トヨタと業務提携。小型車ではシャシー/エンジンの共有化を図る一方、77年には世界初の3気筒1000ccエンジンを自社開発し、シャレードに搭載して発売。軽乗用車市場は安定したシェアを確保しつづけている。
 98年9月、トヨタからの出資比率が51.2%と引き上げられ、子会社となった。

OVERSEAS NETWORK


Daimler: UK

Daimler. A division of Jaguar Cars.

ディムラー。

 英国の企業家フレデリック・リチャード・シムズが1896年、ドイツ・ダイムラー社からエンジン製造、販売のライセンスを取得し、コヴェントリーに工場を開設。
 1896年の赤旗法に伴い1896年2月、シムズや資本家ハリー・リチャード・ローソンが中心となってコヴェントリーにデイムラーモーターカンパニーを設立。英国最古の自動車メーカーである。
 1897年、1号車完成。エンジンパテント所有者に敬意を表しダイムラーを英語読みにした名前を車名とした。
 1902年、エドワード7世により英国王室の御料車に指定され、大型高級乗用車として英国の上流階級に広く受け入れられた。
 08年、ダブルスリーブバルブの製造権を買い取り、静粛性を向上。高級車としての地位を不動のものとした。
 10年、バーミンガム・スモールアームズ・カンパニー(BSA)の傘下となる。
 30年、流体フライホイールとプリセレクト・ギヤボックスによるトランスミッションを開発。いわゆるセミATであり、トルクコンバーターが現れる以前のイージードライブを実現した。
 31年、高級車メーカー Lanchester (1900年創立、Lanchester三兄弟によって単気筒ガソリンエンジンを搭載したイギリス初の4輪車を製造)を吸収するも、第二次世界大戦後の大衆化、大量生産の波に乗り遅れ業績が悪化。
 59年には突如スポーツカーSP250を発表し巻き返しを図るが、60年、ついにJaguarに吸収される。Jaguarの対抗馬であったSP250も64年で製造中止され、現在はジャガーと同一のボディに意匠を変え、その名を残すのみにとどまる。


Daimler (ex-Daimler Chrysler) / Daimler Benz: Germany

Daimler AG (ex-DaimlerChrysler AG)

 1998/11/17、世界の自動車産業再編が加速する中、Daimler Benz AG と Chrysler Corporationsの対等合併によって誕生。ただし、この合併は、時のDaimler Benz 会長であり、後の同社の拡大路線を推し進めた Jürgen-Schrempf の主導によるものであった。
 合併後、両部門揃って業績を上げたのは初年度ののみであり、以降は主にChrysler 部門の不調が続いた。その後もChrysler 部門の不振は解消されず、2007年5月14日、Chrysler 部門を米投資会社Cerberus Capital Managementへ売却することを発表、同年8月3日、DaimlerChryslerは、Chrysler 部門の資産管理を行う持株会社 Chrysler LLC を設立し、その株式の80.1%を55億ユーロでCerberusに売却、同年10月4日の株主総会によって、約9年にわたる協業体制を解消し、社名を Daimler AG と改めた。改称を機に、乗用車部門はMercedes Benz Cars、商用車部門はMercedes Benz Vans、トラック部門は Daimler Trucks、バス部門は バス・DaimlerChrysler Bankは Mercedes Benz Bankへと名称を改めた。

DIVISION

 

 

Group Companies

Worldwide

関連業務・その他リソース

Gottlieb Daimler and Karl Benz

 


Dakar: UK--- Kitcar

ダカール - BODY CONVERSION KIT FOR RANGE ROVER & DISCOVERY.


Dakota-Industry: Germany

ドラッグレーサー


DAKTARI ENGINEERING--- ELECTRIC TRANSIT: Australia


DANGEL S.A.: France

PSAグループや、Fiatのパワートレイン設計


Dala: Sweden

Dala7, the Lotus seven type replica.


Dare: UK

Exotic, Light weight sportscar


Darrian: UK

Darrian Cars. (Team Duffee Engineering --- Darrian and Davrian are Registered trademarks for T.G.Duffee.)

 Davrian Developments Ltd. が終了後、Davrian の権利を譲られていたTim Duffeeは、Davrian のアフターパーツの供給および組み付けに従事していた。1984年に、ターマックラリーに出場のためのマシンを製作することを決意し、同じくDavrianの従業員であったGeoff Kitney が Davrian Mk 7aをベースとしてFord BDAを搭載するための改造を行い、 1985年、これを"Darrian T9"として発表した。Davrian Mk7からDarrian T9への最大の変更点はエンジン搭載位置で、Mk7がリアエンジンであるのに対してT9はミッドシップである。
 5年間で39台のT9を生産後、1990年には、Robin Herd が設計に参加したT90を発表。2007年までに26台が生産されたとされる。また、1995年にはSwansea Instituteが、研究の一環としてT90を購入し、1999年までGT選手権に出場。小排気量ながら国内選手権では好成績を収めた。


DAUER: Germany

DAUER Automobile.

ダウアー。
 1994年、ポルシェ962を擁し、ルマンを制覇。
 そのロードゴーイングバージョンとして、Dauer Racing 962LMを開発。
 後にBugatti EB110をベースとしたコンプリートカーDauer EB 110も手掛ける。


Davrian: UK

Davrian Developments Ltd.

 1967年、Adrian Evansが廃車となったヒルマン・インプをベースとして、2シータースポーツカーを試作する。MK1と名づけられたプロトタイプは、GFRPとプライウッド(ベニア)によるモノコックのリアに、ヒルマンインプのエンジンとギアボックを搭載。着脱式のハードトップを備えた。これをベースとしたMk2が初の生産モデルとなる。モノコックはGFRP単一構造となり、足回りはインプから、フロントガラスはSpitfire/TR4のものを流用し、起き上がりタイプのヘッドライトを備えたキットカーであったが、極めて製作の困難なキットであったという。Mk3よりクーペスタイルとなり、Mk4からMk6まで整備性の向上などの小変更を重ね、Mk7ではインプ以外のエンジン搭載(Mini, VW Beetle)にも対応した。
 Mk8は旧態化したインプからのパーツ流用を減らし、Ford Fiestaのエンジンをミッドシップに搭載する。また、Mk8は"Dragon"の名称で完成車としても販売された。しかしながら、"Dragon"の販売が不調に終わり、経営難となって1982年管財下に入る。
 1983年、Will Corry が北アイルランドに設立した Corry Car Company が"Dragon"の権利を取得。ヒルマン・ハンターに携わったTony Stevensのリデザインを経て、"Cultra"の名称で競技仕様車および数台のロードカーとして1985年まで販売した。

 Davrian のマネージャーであったTim Duffeeは、後にTeam Duffee Engineeringを興し、Mk7をベースとしたDarrianを製造している。
 創業者Adiran EvansはDaviranを手放した後、GFRPプロダクト生産に従事していたが、1992年自殺によってこの世を去った。


Daytona Motors: Australia

X7 Roadster--- Lotus 7 type replica

Lotus 7 type Replica manufacturers index


Dax Sportscars: UK--- Kitcar

Rush (SUPER7 type), Tojeiro (COBRA type), Kamala (Original model)

Shelby Cobra type Replica manufacturers index
Lotus 7 type Replica manufacturers index


DB Enterprises: USA--- Kitcar

Maserati Barchetta Replica


D&R: USA

D&R Replicars, Inc. Lamborghini Diablo type replica kit.


DBA: UK --- Racing car constructor

The DBA4 was designed and built by Reynard in early 2002 and originally known as the 02S which was the successor to the failed 2KQ project.
The car came too late to save Reynard and the company went bankrupt and passed into the hands of IRM headed by Paul Shakespeare. 


DB Replicas: UK

Shelby Cobra type replica.

Shelby Cobra type Replica manufacturers index


DC Design: India--- R&D

Dilip Chhabria Design Pvt. Ltd. Concept Cars, Customization, Prototyping.


DC Supercars: UK

DC Supercars. Lamborghini Diablo type replica.
Hand Crafted Carsから改称。Mirage Countach replicaの製造も行う。


DDR Motorsport: UK

DDR Motorsport. DDR based on Toyota MR-2 (SW-20, 1990-96).


Deanfield Motorsport: UK

Deanfield Motorsport. Design, manufacture and build Locost racers and Scotland's kit car race team.

Lotus 7 type Replica manufacturers index


Deauville: UK

Deauville cars. 2CV body conversion kit.


Delage: France

ドライエ


De La Chapelle: France

DLC TECHNOLOGIES


Delfino Cars: UK


Delta: Mexico

Delta Equipos Industriales S.A. de C.V.
Power equipments.


DELKRON Manufacturing Inc Internet Catalog: USA--- R&D

デルクロン。エンジンビルド&ドラッグレーサーのR&D


DeLOREAN: USA / UK -> USA

DeLorean Motor Company (Texas).
デロリアン

 John Zachary DeLoreanは、ルーマニアからの移民である父 Zachary と、ハンガリーからの移民である母 Kathryn の間に長男として生を受ける。父親は、一時期Fordの鋳造工場に職を得ていたが、英語が不得意なことから職を追われ、大工に転身した。粗暴な性格でしばしば家族や近隣住民とのトラブルを起こし、両親は1942年に離婚する。その後、父親はアルコール中毒に侵される。

 John はその学歴において優秀な成績をおさめた。途中、第二次世界大戦の兵役および1947年からクライスラーと地元の車体工場での短期雇用を挟み、1948年理学士号を得る。卒業後は生命保険のセールスマンを務めた(コミュニケーション力の訓練のためと懐述している)。その後、クライスラーのエンジニアリングガレージの職長の勧めによってChrysler Instituteに入社し、研究活動を経て1952年に自動車工学の修士号を得る。この間ミシガン大学の夜間部に通い、1957年にMBAを取得した。
 その後、Packardの誘いを受けて移籍、オートマチック・トランスミッションの改良を行ったことで注目を浴びる。しかしながら、ほどなくして Packard は財政難となっていた。入社4年目にして研究開発のトップに就任するが、間もなくPackard は Studebakerと合併する。ここで、Studebaker本社勤務の依頼と時を同じくして、GMからの誘いを受け、結果GMに移籍する。

 GMでは、Pontiac部門に配属され、事業部長であるSemon "Bunkie" Knudsen (William Knudsen 前GM会長の子息)のアシスタントととなる。42歳のKnudsen と 30代のDeLorean は意気投合し、若者への性能アピールによってPontiacブランドイメージの確立を試みた。1961年にチーフ・エンジニアに就任すると、同年発売のモデルTempestに389in3 V8をオプション供給するという奇策を講じる。これは当時のGMの方針として、中間レンジの車に 330in3 より大きいエンジンの搭載を認めないという内規をすり抜けるためのアイディアであった。後にこのオプション・パッケージはPontiac GTOとして通常モデルとして発売することを決定したが、GTOの存在にようやく気付き内規を主張した役員に対して、5000台の限定生産とすることで譲歩を取り付けた。メディアを通じてPontiac GTOの性能が広まると、たちまちGTOへの需要は膨らみ、Pontiacは増産で対応し、結果この年で32,000台を販売、その後も改良を重ねPontiacの躍進に貢献した。
 1965年、Pontiacの部門長となる。わずか40歳での昇進はGM史上最年少であった。しかしながら、このころからDeLorean はPontiacの路線を快く思わないグループとの内部抗争に悩まされることとなる。そうした中、Ford Mustangに対抗するCamaroのPontiac版の開発許可を取り付け、Pontiac Firebirdを発表、Pontiac のさらなる躍進に貢献した。当時、公的な場へもカジュアルな服装で現れることから、「反逆の実業家」としてそのイメージは強固になっていく。

 企業の異端者として評判が高まる中、1969年2月15日、GMの旗艦ブランドであるChevrolet部門を率いることとなる。当時、Chevroletは品質、財政および組織とあらゆる面において未曽有の危機に晒されていた。DeLoreanは、ニューモデルの投入を延期し、このニューモデルのために開発が遅れたCorvette と Camaroの改良を優先、生産効率を見直して、販売実績に一応の回復をもたらした。

 1972年、47歳で生産担当の副社長に任命される。次期社長を確実視される中で、1973年4月2日、突然GMからの離脱を表明した。DeLoreanの望む地位と、GM副社長の性質の相違があったことを理由に挙げている。また、大衆文化を物資両面から支援し、メディアへの露出が顕著であったDeLorean の存在はGMトップとの衝突を生み、DeLorean も、その保守主義の伝統的なしきたりに適合することができなかったという。
 GMはDeLorean の貢献を評価し、フロリダ州でのキャデラックのフランチャイズを与えるとともに、任期途中であったNational Alliance of Businessmenの会長在任中もGMから給与を支給することを決定した。しかしながら、その後、Patrick WrightがDeLoreanへのインタビューをもとに出版した著書の内容がもとで、DeLoreanはGMから名誉棄損で訴えられることとなる。

 1975年10月24日、Pontiacのチーフ・エンジニアを務めたWilliam T. Collins と共に DeLorean Motor Company(DMC)を設立。DeLoreanの名の信用の下に、銀行やディーラー予定者からの出資は順調に進んだ。
 ItaldesignのGiorgetto GiugiaroがデザインしたDeLorean Safety Vehicle (DSV)の試作車を発表する。これが、一般に単に"DeLorean"として知られる、後のDMC-12である。ボディには無塗装のステンレスを用い、ガルウィング・ドアを特徴とした。エンジンは、当初ロータリー・エンジンの搭載を計画していたが、折からの石油危機を憂慮し、"Douvrin"と呼ばれる PRV (Peugeot, Renault, Volvoの共同開発)による V6 2849ccを搭載、RRレイアウトを採用した。シャシーは、リザーバ鋳造(ERM)を応用する計画であったが、大量生産に不向きであるため、バックボーンフレームを採用した。
 生産体制として、失業者の多い地域への工場設立を戦略的に進める。結果、北アイルランド開発機関から約£1億の協力を取り付け、北アイルランドに工場を建設。エンジン生産をRenaultが、シャシとアッセンブリ・デザインをLotusが担当した。
 しかしながら、開発の遅れは資金超過と生産開始の遅れを誘発する。予定より2年近く遅れて開始したアイルランド工場では、品質の問題が頻発し、その対策に追われた。DMC-12は1981年より12ヶ月、12,000マイルの品質保証の下販売され、翌年には生産品質も大きく向上した。ところが、出資者への返済が滞ったことにより、ディーラーは保障作業を拒み、顧客とのトラブルが起こるようになる。
 資金超過の解決には10000~12000台の需要を必要としたが、これらのトラブルによって需要は6000台に落ち込み、DMCは持株会社に移行するリストラ策を構想する。しかしながら1982年1月に、証券取引委員会がDMCの存続の可能性が小さいと判断したことによって、この計画は頓挫する。そのため、イギリス政府に融資を求めて交渉を行ったが、出資者への返済が滞っていることを理由にこれを退けられた。同年、DeLorean は、FBIのおとり捜査の標的となり、10月19日、コカイン密輸の共謀の疑いで逮捕される。裁判では1984年8月16日に無罪が確定するが、法廷闘争の間にDeLorean の信用は失墜し、1982年の内にDMCは倒産した。既に工場が閉鎖された後の1982年12月24日、工場に残ったパーツなどで最後に作り上げられた4台が一般向けに販売された最後のDMC-12となった。
 この時点で、約100台のDMC-12が生産途上にあったが、Consolidated International (現在の Big Lots)によって、生産ラインが完遂された。工場在庫からの残存パーツや、まだ工場に配達されていなかったパーツは、すべてパーツ供給業者に出荷され、KAPACと呼ばれる会社が通信販売を通じて販売した。

 1985年、映画Back to the Future第一作が公開され、タイムマシンに改造されたDMC-12が好評を博す。当初、タイムマシンには冷蔵庫を使うことを考えていたが、子供が真似すると良くないということから却下された。その後、DeLoreanのガルウイングを見て「車をタイムマシンにする」という発想が浮かんだという。DeLoreanはこの映画によって名声を取り戻し、原作者のボブ・ゲイルに対して礼状を送ったという。
 このころ、DeLoreanは、スーパースポーツの構想を公表するが、実現することはなかった。

 1997年、起業家 Stephen Wynne 率いるDe Lorean Motor Company Texus が、DMCが製造した在庫の管理権を取得、DeLoreanの新しいオーナーとなり、部品供給を継続する。なお、この間、DMCの復活を憂慮する者たちによって、工場に残っていた金型などは廃棄されてしまったという。

 1999年、DMC崩壊以来、40件にも上る訴訟が全て終了するが、DeLorean は自己破産を宣言した。

 2005年3月19日、John Zachary DeLoreanは、脳卒中に伴う合併症のため80歳で永眠した。

 2007年7月30日付のリリースにおいて、 Stephen Wynne は、DMC-12の再生産計画を発表、ヒューストン郊外に工場を建設し、オリジナルの外観を残した改良型DMC-12を、2008年より月間20台、計200台前後生産する計画であるという。

Related sites


Deman: Canada

Deman Motorsport
SR7, a Lotus Seven Inspired Kit Car Builder.


Dennis Group Plc: UK

デニス・グループ


Deronda: UK

Type F, extreme performance car, influenced by Formula 1 and Le Mans cars through the ages. 

2002年3月創業。


Desert Warrior: UK

Rally Raid UK

Rally Raid UK was founded in 1999 by Paul Round. They are a non profit making project, principally concentrating on the Dakar Rally.
They specialise in the design, manufacture and maintenance of competition race cars "Desert Warrior" designed to compete in rallies such as the Dakar.


Designline: New Zealand --- Bus


Design Performance: France --- RandD


DESIGN Q: UK --- R&D


DE SIMON: Italy

Busses and technology


DeSOTO:  USA

デソート。1928年、クライスラーに吸収され一ディヴィジョンとなる。1958年の販売不振をきっかけに、1960年11月30日、ディヴィジョン自体が消滅した。


De Tomaso: Italy

DE TOMASO Modena S.p.A.

 デ・トマゾ。

 アルゼンチン生まれのアレッサンドロ・デ・トマゾが父の祖国イタリアで創業。元々OSCAのレーシングドライバーだった氏が、その経験を生かしコンストラクタとなったのが始まりである。
 F1参戦の経験もあるが、62年小型スポーツカー「ヴァレルンガ」で市販車市場に参入。
 66年発表のマングスタ(ギア時代のジウジアーロがデザイン)以降は、美麗なデザインのボディにフォード製V8を搭載する手法が定着した。後継車として1971年に発表したパンテーラは、フォードのリンカーンやマーキュリーの契約ディーラー網に乗ってアメリカで販売された。
 73年商標権をフォードに売却。これを元手に2輪メーカーのモトグッチとベネリを掌中に収めた。後にフォードに売却した商標権を買い戻し、その後、経営難だったMaseratiとInnocentiを傘下とした。

 93年、アレッサンドロが病に倒れたのを期に、旧知の関係にあるディーラー、カヴァーリへ、98年に新型ビグアの開発プロジェクトごと売却し、10年間に渡る「デ・トマソ」および同社車名の商標権も譲渡した。ビグアは、カヴァーリより「マングスタ」の名称で発売された。
 しかし、2000年3月15日ライセンス契約の解消に伴い「デ・トマソ」、「パンテーラ」の商標権を復活している。

 このほかにも一時期Ghia、Vignale、Guzzi、Benelliなど名誉ある商標を引き継ぎ、見事に再生させた。
 99年5月、UAZとの協定によりENI sudのサポートのもと、IVECO製シャシー、エンジンのオフロードカーを生産する計画を立ち上げ、2007年の販売を予定していた。しかしながら闘病を続けていたアレッサンドロは、2003年5月21日逝去(享年74)、会社は遺族によって2004年5月に解散した。


Detroit Diesel:  USA--- Engine Manufacturing


Detroit Industrial Vehicle Company

消滅。


DEUTZ: Germany

DEUTZ AG

エンジンビルダー


DEUTZ-FAHR: Germany

DEUTZ-FAHR Agrarsysteme GmbH


Devaux: Australia

Devaux Cars.

A leading Australian industrial designer, David Clash unashamedly takes his design cues from the 1930s--- a romantic era epitomised by style, elegance and extravagance.


Diasio: USA

Diasio Car Company, LLC.


Diatto: Italy

 1905年にトリノで設立。設立当初は、Clement-Bayard (フランスの自動車メーカーであり、最終的にCitroenに吸収された)をベースとした自動車を生産していた。1920年代までに、自社開発にシフトし、過給機つきの8気筒エンジンを搭載したレースカーなどを開発した。また、このレースカーは Bugatti に対しても供給を行った(Diatto と Bugatti のエンブレムには類似性を認めることができる)。代表的なレーサーとして Tazio_Nuvolari や Maserati の創始者である Alfieri Maserati が所属していた。
 1920年代には、当時としては先進的であった4輪ブレーキと4速ギヤボックスを装備していたが、1929年に生産を終了している。

 2007年2月9日、Zagatoは、第77回ジュネーブ・モーター・ショーに Diatto の創立100周年を記念するモデル "Diatto Ottovù Zagato" を公開し、プレスリリースにおいて Diattoを復興させることを宣言した。Zagato と Diatto の関係は、1921年に、Ugo Zagato が Diatto 25 4DS シャーシのために軽量で、空力学的なボディをデザインしたことに由来している。なお "Ottovù" とは、"V8 エンジン" を意味するイタリア語である。


DiMora: USA

DiMora Motorcar.

2005年、Alfred J. DiMoraが設立。
 DiMoraは、10代前半からサービスステーションで働く一方で、事故車の1939年製Buickを組み立て直すなど、自動車に対する興味と非凡な才能を示す。この間、機械工の資格を取得し、溶接工となった。
 1976年、高級レプリカーを製造するClenet Coachworksに勤める。この7年の間にClenet のオーナーとなり、さらにスポーティーなClenet を志向してSceptre Motorcar Companyを設立した。6600ccのエンジンを搭載するSceptre は、1978年のロサンゼルスオートショーで高い評価を受け、$39,000から$50,000のターボ仕様に至るまで、極めて高価ながら16台を生産し15台を販売した。また、Clenetのオーナー、および主要な自動車デザイナーとして、シリーズIVとシリーズV Clenetsを製作し、580台強のClenetsが世界中に販売された。オーナーとしてFarrah Fawcett、Rod Stewart、Ken Norton、Sylvester Stallone、そしてJordanのHussein国王などが名を連ねる。
 1986年、レーガン大統領がガソリンで動力を供給された自動車の100周年年を宣言したとき、公式な100周年車として選ばれたのは、DiMoraがデザインしたClenetである。DiMoraとClenetは、ミシガン州にあるAutomotive Hall of Fameに殿堂入りし、ClenetsはAutomotive Age誌より"Drive Art"と、そしてFortune誌より"American Rolls-Royce"と評された。

 その後、DiMoraは、起業家およびビジネスコンサルタントとして、化学系のリサイクル業(PRS, Inc. に勤務し不凍液を開発)、広報管理、ソフトウェア開発(Star Bridge Systems, 1997年設立)、テレビインフォマーシャル生産、および不動産開発、世界最大の観覧車Voyagerの開発など、多様な産業に関わる。

 2005年、DiMoraは、自動車産業への復帰を表明する。"Natalia SLS 2"と名づけられたモデルは、V型16気筒14000cc、1200馬力エンジンを搭載する全てがハンドメイドのスポーツ・ラグジュアリーセダンであり、(選ばれたただ一人のオーナーに対して)200万ドルで販売することを公表している。また、現在製作中の"Natalia"は、デザインや製作の工程などを"DiMora TV"と称するウェブブロードキャストでリアルタイムに公開する。そして、同社サイトに登録することによって、ニュースレターを通じて開発の模様などが逐一メールで公表される。


Dio: USA

Classic Antique Replicar Specialist. The Dio Tipo 61 sports car and DioLivery van.


Divco: Germany


DNA: UK

DNA automotive. 351XTY is a Ferrari 360 Modena type replica
2006年創業


Dodge: USA

 ダッジ--- A brand of Chrysler LLC

 ジョンとホイスのダッジ兄弟が1903年に創設したT型フォードのシャシー製造会社が母体。1913年に本格的な自動車生産を開始する。兄弟の死後はクライスラーが買収し、クライスラーグループの中核的役割を果たす。


Dolphin: USA

Dolphin Vehicles. 1980年代半ばに、前衛的な3輪自動車Vortexを発表。


Dome: Japan --- Racing car constructor

DOME CO., LTD. 株式会社 童夢。


Dominator: UK

Dominator Sports Cars Limited. Le Mans racing prototype style.


Don Foster: France

Don Foster racing.


Dongfeng: China--- Truck

东风汽车公司 (DFC --- DONGFENG MOTOR CORPORATION) - 大型トラック

中国の自動車業界において、トップ3の一角を占める

1969年、中国政府によって設立。
1992年にシトロエンと提携、Dongeng-Citroenは現在、中国において主要な自動車メーカーの1つである。
また三菱との技術提携による自社モデルを生産している。
2002年には日産と提携し、ジョイントベンチャーによって、2005年までに東風モーター株式会社を設立。日産車を生産する。

他の子会社は様々なトラック、バス、および自動車部品を生産している。
---
リウチョウオート作品は1969年に柳江130 2.5トンのトラックを生産した。
1980年に、会社はドンのFengグループの一部になった。
それ以来、様々な営業車は生産されている。
2001年に、ライセンス協定は日本の三菱によって打たれて、デリカスペースギアマイクロバスはUSD 33、800万の投資の後に2001年の終わりに現地生産になった。
最初、20,000のMPVsは、2002年に生産されるために計画されたけれども、ほんの約3000は完成した。
計画は2003年に10000を超えるユニットを要求している。


Donkervoot:  Netherlands

Donkervoort Automobielen B.V.--- ドンカーブート(Lotus 7 Type)。

 技術者としてDAF、Renaultなどを渡り歩き、エンスージアストでもあるJ. A. Donkervoortが、1978年設立。
 当初、ケーターハムのディーラーとしてキット販売を行っていたが、やがて欧州の安全基準に適合すべく、スタイルを活かし、ボディ各部のサイズを大きくした車を開発。80年、プロトタイプを完成させS8 (Super 8)の名を与えた。
 81年、クォリティ追求のためキット販売を中止。Lotus 7 Typeでは、唯一コンプリートカーで販売される。
 オランダという土地柄、ドイツと同様の品質が求められる中で培ってきたクラフトマンシップをバックボーンに、最もクォリティの高いレプリカのひとつである。

Lotus 7 type Replica manufacturers index


Doon: UK

Doon Buggies. The classic buggy idea back to the drawing board and re-designed a brand new buggy kit for the modern day.


Doosan: South Korea

Doosan Infracore Co., Ltd.

 1937年6月4日、Chosun Machine Works として創立。76年10月30日Dawoo Machinery corpと合併、Daewoo Heavy Industries Ltd.と名称変更。94年10月、Daewoo Shipbuilding Co., Ltd.
と合併。
 2000年10月23日、Daewoo Heavy Industriesから分離独立。05年4月29日、"Doosan Infracore Co., Ltd."と名称変更。


Doran: USA --- Racing car constructor

DORAN Enterprises. Constructing racing sports cars.


Dorbyl: South Africa


Downs: USA

Downs Engineering, Realm Runner Race Car, now available with turbo Hayabusa Motor.


DR: Italy

DR Motor Company.

 DR3 (3ドア) および DR5 (5ドア) の2種類のSUVを生産販売する。搭載するエンジンは、4気筒1600ccガソリン仕様がCherry製、1900ccディーゼル仕様がFiat製である。
 DR5がイタリアのスーパーマーケットチェーン iper で購入できるほか、生産工場にて直接購入することもできる。
 また、Katay ブランドにおいて、Zhejiang Gonow Auto の Gonow (GX6 in China, SUV) および Troy (pick-up) を販売している。


Dragon: UK

Dragon Sports Cars. The F1r which is a Formula 1 style sports car powered by a lightweight 4-cylinder, 16-valve magnesium alloy Honda CBR900 super bike engine.


Dragon-R: France

A single seat Formula.


DRB Sportscars: Australia

Cobra type and Ford GT type replica.

Cobra type Replica manufacturers index
Ford GT type Replica manufacturers index


DRB HICOM: Malaysia

Assembly plant.


DRK: UK--- Kitcar

3Wheeler


DSN--- Design service Network: Switzerland--- R&D

 ピニンファリーナでテスタロッサや288GTOを手がけたエマヌエーレ・ニコジアを中心に開設。
 2000年トリノモーターショーが実質的なデビュー。


Duckhunt Car Design & Engineering: Germany--- Kitcar

Burton Car & 2CV Pickup Car Company, Lomax (using a donor 2CV) Importer, 950 m2 2CV Shop, Specialist workshop.

Duesen Bayern: Japan

A Brand of Shallinco Inc.

株式会社 車輪庫のブランド。


Duesenberg: USA

Duesenberg Motors, Inc. Classical type.


Dune buggy: Germany

Welcome to CDB--- The Fanpage For Classic VW Dune Buggies !


Dunford: UK--- Kitcar

Jaguar-Racing-Classic type Sports Cars


Dunsmore: UK


Duple Metsec: UK--- Bus

Bus and Coach


Dutton Marine: UK--- Kitcar


Dwornik Engineering: UK--- Kitcar


Dynasty: Canada ---  Electric Car

Dynasty Electric Car Corp Ltd.


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