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1923年、テキサス州リースバーグに生まれたキャロル・ホール・シェルビーは、ル・マンでの優勝など、主にスポーツカー・レースでその名を馳せました。 1956年、フェラーリのワークス招聘時に、エンツォ・フェラーリと会見した際、その尊大な態度を良しとせず、また、1958年にシェルビーの親友であったレーサー、ルイジ・ムッソがフェラーリを駆ってレース中に事故死した事によって、そのスポーツカーのアウトラインは「フェラーリに挑み、凌駕することを使命とする」ものに固まっていきました。 この年、本来の最新兵器として7リッター(427ci)エンジンを積む、427コブラを参加させる準備をしていましたが、フォードがGT40を登場させた事もあり、427コブラの舞台はアメリカ国内に限られました。しかし、425ps、1.15tと軽量かつ大パワーの427コブラは、0-400m:12.2秒、最高時速260km/hを誇り、世界最強のロードゴーイングとして君臨。1967年にアメリカ連邦安全基準に合致できなくなったことで生産を中止するまで、348台が生産されました。 |