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N.Technology: Italy

N.Technology S.p.A.

The "Formula S2000" racing car constructing for the Formula MASTER series.

 Cremona を本拠地とする、ツーリングカーレースにおけるAlfa Romeoのワークスチーム Nordauto Squadra Corse および Nordauto Engineeringと、Torino を本拠地としていた Fiat Abarthの工場、そして、Milanを本拠地としていたAlfa Corse、これらFiatのパートナー3社の組織、資産および活動を集約し、2001年6月1日設立。Torinoに本社を置いた。
 現在は、フォーミュラー・マスター シリーズの車両生産、フィアット関連のモータースポーツ車輌開発、そしてWTCCのAlfa Romeoワークスとして活動する。


NABI: USA --- Bus


Namco: Greece

NAMCO INTERNATIONAL AG - National Motor Company.. Manufacturing Heavy duty vehicles and Pony (Multi-purpose vehicle) and distributing Autosan buses, Avia, Tatra, Tata and Uro.
 


Nanjing Automobile Group: China

Nanjing Automobile (Group) Corporation (南京汽車)


Nanqi: China

南京汽车集团有限公司

URL "www.nanqi.com.cn" is not available.


NAOMI / Ohno: Japan

Ohno car craft.


NapierSport: UK

NapierSport LTD. The Corse is the Lancia Stratos replica.

 初期の Stratos レプリカとして知られる"Allora"、"Litton Corse" と呼ばれたモデルおよびマニュファクチャラーは、日本でも馴染みのある"C.A.E."を経て、現在 NapierSport が生産を引き継いでいる。
 ランチャ・ストラトスのコンセプトを尊重しつつ、オリジナルのセミモノコックフレームの採用やリア・サスペンションをダブル・ウィッシュボーンに改めるなど、ストラトスの欠点とされる箇所に改良が加えられている。また、エンジンベイを広く取ることによって、横置きレイアウトのエンジン/トランスミッションであれば、ほとんどのものが搭載できる。もちろん、オリジナル同様にフェラーリ・ディーノ用V6ユニットの搭載も可能である。


Nash: USA

 1916年、元GM副社長のチャールズ・ナッシュがジェームズ・ストローと共同で「ランブラー」を持つトーマス・B・ジェフリー社を買収。社名をナッシュとした。
 以降、他社の買収によりレンジを拡大。1936年には体制を拡充のために元クライスラーのジョージ・メイソンが経営する「ケルヴィネータ社」と合併、「ナッシュ・ケルヴィネータ社」となりジョージ・メイソンが社長となる。
 1954年にはハドソンを吸収合併しアメリカン・モータースとなり、1958年モデルからはナッシュ、ハドソンの名称は消滅した。


Nats: Japan

 学校法人 日栄学園専門学校 ニホン・オートモービル・カレッジ
 東京オートサロン2000での4年連続の優秀賞や、ソーラーカーラリーで優勝など、その活動は専門学校のそれを超え、もはやメーカー!と勝手に認定してしまいました。


Navistar: USA

Navistar International Transportation Corp.

ナビスター(重量級/中量級トラックとスクールバス)。International を参照のこと。


Naza: Malaysia

Naza Corporation Sdn Bhd. Automobile range rebadgeed by Hafei, Kia or Peugeot.


NCF: UK

NCF Motors Ltd. 
The Sahara and is a rugged off-roader based on the Land Rover Discovery Mk1 300TDI (1994-1998).
The Sahara is based on an un-modified chassis so is currently SVA-exempt with kit prices starting at £3290 with a DIY build possible from just £5000.


NedCar: Netherlands

 三菱とボルボの乗用車生産を目的として、三菱自動車と、欧州現地法人(MMC Investment Europe B.V.)および、Volvo Car Corporationの共同出資によって、1991年12月1日設立。
 2001年、三菱がダイムラークライスラーの業務提携の一環として共同経営することとなり、三菱の100%子会社となる。
 2004年以降は、両者提携の柱となる小型世界戦略車を、それぞれのブランドで生産する予定。


Neoplan: Germany --- Bus


NEVCO: USA

NEVCO --- Neighborhood Electric Vehicle Company

1人乗りのマイクロEV、gizmo-3wheeler


NEWCAR: Italy --- Bus

NEWCAR Costruzione Autobus.


New Flyer: Canada --- Bus


New Holland: Italy


NF: UK --- Kitcar

NF Auto Development Ltd. Foreman Cars, Car Builder Solutions.
NFオート, Foreman is a Ferrari P4 replica specialists


NG Cars: UK --- Kitcar

NG SPORTS CARS, A brand of Findhorn Cars.

NGカーズ
1979年1月、自動車および航空機の設計技術者であるNick Greenが設立。同年10月には1930年代のアストンマーチンをヒントに最初のモデル"TA"を発表する。
1981年、Nick自身の理想の車としてV8エンジンを搭載した"TC"を発表。
1983年に"TD"を発表後、Nick GreenはSouthampton Universityに入学するために、顧客であり、Milton KeynesでTA Motor Companyを経営するPeter Fellowesに会社を売却する。このときブランドはNGのまま、会社名を"Pastiche Cars"とし、Rotherhamに移転した。
やがて、何年かのGTM傘下を経て、1994年、EpsomのエンジニアJohn Hoyleが買収する。2000年12月にはJohn Hoyleが会社を去り、これに伴って会社はNGの創業の地であるNew MiltonのImex Group International Limitedに売却された。
2002年に、会社はFindhorn carsに売却された。
創業者のNick Greenは、会社を譲渡して以降、オーストラリアに移住したが、現在もNGとは良好な関係にあるという。


NICE Car: UK

NICE Car Company. Electric car. Electric truck. Electric bike. Electric scooter.
Distributing Mega, Innovech, Micro Vett, e-max scooter, Oxygen scooter and Vectrix scooter.
Furthermore, Developing Ze-O (Ze-0?), the world's first affordable 5-door electric family car. Styled in Europe and manufactured by NICE’s partners in China

NICE Car Company was founded by Evert Geurtsen and Julian Wilford. Prior to creating NICE, Evert Geurtsen spent more than 20 years in the international automotive industry both at General Motors and as the Commercial Head of Lotus Engineering. Julian Wilford has held a number of senior commercial roles, most recently at the insurer Aviva plc, where he was Group Strategic Development Director.
Julian Wilford started his career as an engineer with Rolls-Royce plc.


Nikki: Japan

Nihon KIkai Kogyo Co.LTD. (日本機械工業株式会社)

Fire car converting.


Nismo: Japan --- Tuner, Complete Car

NISSAN MOTORSPORTS INTERNATIONAL CO.,LTD


Nissan / Datsun: Japan

 1911年、橋本増治郎が東京・麻布に「快進社自働車工場」を設立。14年、橋本独自の設計・製造による箱形自動車が完成、翌年からDAT自動車(脱兎号)と命名されて発売。ちなみにDATとは、資金協力者の田健治郎・青山禄郎・竹内明太郎のイニシャルを並べたものである。
 一方、1919年、米人技師ウィリアム・R・ゴルハム設計のゴルハム式三輪車製造のため、大阪に「実用自動車製造株式会社」が設立。
 26年、快進社と実用自動車製造が合併、ダット自動車製造となるが、31年に鮎川義介率いる戸畑鋳物株式会社(19年、新規産業参入のために自動車部を設立)に吸収される。

 33年12月26日、戸畑鋳物自動車部からダットサン製造に関する一切を引継ぎ、日本産業との共同出資で「自動車製造株式会社」創立。34年6月1日、「日産自動車株式会社」に改称。年間1万台規模の量産システムを整備し、35年4月、日本で最初の量産工場とされる横浜工場から「ダットサン」を生産する。また同年にはオーストラリアにもノックダウン輸出された。
 36年、大型乗用車製造を計画し、米国グラハムページ自動車会社から図面、および設備を購入するが、第二次世界大戦の影響を受け軍用トラックの生産等に転換する。
 45年「ニッサントラック」、47年「ダットサン乗用車」の生産再開。52年オースチンと技術提携し、翌年、オースチンA40、A50のライセンス生産を開始した。
 59年に台湾・裕隆社でKD生産開始。60年には日本の自動車業界初のデミング賞を受賞。
 66年、政府主導の元、経営難にあった「プリンス自動車工業株式会社」と歴史的な大型合併を果たして以降、販売面ではトヨタに次ぐ位置に定着し、「技術の日産」としてモータースポーツなどで高い評価を得る。
 80年にアメリカ、84年イギリスに現地法人を設立を設立。製品では87年のBe-1、88年のシーマの成功により「パイクカー」、「高級パーソナル乗用車」という新しいセグメントを開拓したが、トヨタ並のラインナップと販売網の整備が思わしくなく、累積債務が肥大化、99年3月27日、ルノーの資本を受けいれ、再建を目指すことになった。
 ルノーとの提携後は、新たな経営者Carlos Ghosnの指導の下に大胆な経営改革を行い、自らが掲げた必達目標を次々と達成、6年間にわたる再建プロセスを完了した。

Company informations

 

Products

* In JAPAN, "Fairlady Z (Z-car's Japanese name)" and "Skyline (Infiniti G's Japanese name)" are the most legendary brands.

Worldwide Directory

 

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Nissan Diesel / UD TRUCKS: Japan

Nissan Diesel Motor Co., Ltd. (日産ディーゼル工業株式会社) A subsidiary of Volvo group.

 1935年12月、ディーゼルエンジン製造を目的として埼玉県川口市に設立した「日本デイゼル(株)」が起源。36年4月にドイツのクルップ・ユンカース型2サイクルディーゼルエンジンの特許権を取得し、生産を開始。38年に「ND型」として発売される。
 42年12月、鐘淵デイゼル工業(株)と社名変更。46年5月、民生産業(株)と社名変更。50年5月、民生産業(株)の自動車部門の資産を継承し、民生デイゼル工業(株)として発足。
 53年12月、日産自動車が資本参加する。55年、GMのライセンスによるユニフロー・スカベンジング・ディーゼルエンジンの、2サイクルディーゼルエンジンUD型を発表。同年6月、日産と折半出資による総販売会社、日産民生ジーゼル販売(株)を設立。55年6月、民生デイゼル工業は日産ディーゼル工業(株)に、日産民生ジーゼル販売は日産ディーゼル販売(株)に社名を変更。61年9月、製品名を「ミンセイ」から「ニッサンディーゼル」に改称した。

 トラック需要の落ち込みで90年代後半から経営不振に陥るが、99年のルノー・日産提携に伴って、同年5月、ルノーが日産ディーゼルの第三者割当増資に応じ、日産と並ぶ筆頭株主になった。以後、ルノーの指揮下でリストラが進められ、2000年1月、販売部門を統合。01年から02年にかけて、日野との広範な購入・供給契約を締結した。2003年の経営危機時には、日産自動車や金融機関から1000億円規模の金融支援を受けて財務体質を回復、同年4月にはバスボディーの調達先を西日本車体工業(福岡県北九州市小倉北区)に集約した。これに伴い、従来約6割の車両に架装していた富士重工業伊勢崎製作所(現スバルカスタマイズ工房)はバス車体製造から撤退した。同年5月、日産自動車と新会社を設立し小型トラックの開発を行うことについて基本合意、同年10月、両社合弁による「日産ライトトラック株式会社」を設立した。
 2004年11月、排出ガスに含まれる二酸化炭素や窒素酸化物の量を減らす独自の環境技術をに大型トラックで初めて採用している。同年6月、 中型車のエンジンを日野自動車からのOEMに変更(バスは8月より)。同社のキャパシタハイブリッド技術を日野自動車に供与。

 2005年03月、経営再建の完了に伴って、ルノーが保有する約18%の日産ディーゼル株すべてを市場に売却、再び日産自動車の直接傘下となる。同年6月13日、自社開発の尿素SCR(選択的触媒還元)システム「FLENDS」に関する技術を、三菱ふそうトラック・バスに供与することを発表し、技術提携を結ぶ。06年03月21日には、日産自動車が保有していた日産ディーゼル工業の株式の大半(発行済み株式の約19%中13%)をVolvo groupへ売却、Volvo groupが筆頭株主となり、生産などでの提携関係を強化する。同年7月13日、バス事業について三菱ふそうとの提携を発表。2007年春以降、大型ノンステップバスや中型バスを同社が製造して三菱ふそうに供給、逆に大型観光バスや大型ワンステップバスなどを三菱ふそうから供給を受ける。またバス用エンジンについても相互に供給する(これに伴い日野製エンジンの供給は終了)。さらに同年9月には、日産自動車が保有していた残りの6%の株式もVolvo groupに売却され、日産自動車との資本関係はなくなった。
 2007年2月20日、ボルボが完全子会社化を目的とした株式公開買い付け(TOB)を実施すると発表、日産ディーゼルも賛同を決議した。今後、日産ディーゼルの商標に変更はなく、Volvo groupからの財務支援を受けながら、Volvo groupのアジアの拠点を担い、Volvo groupの販路でも販売される。


Noble: UK

Noble Cars


Nomad: Japan

NOMAD corporation inc. リムジン製作・販売およびトライク(三輪バイク)製作・販売。


Norma: France --- Racing car constructor

Norma Auto Concept. Prototype sports car.


Nostalgia Cars: UK --- Kitcar

Nostalgia Cars UK Ltd

Jaguar type replicas and the NC 1000 Coupe based Mini, monocoque construction, using a newly manufactured fully strengthened mini floor pan.


Notar: UK

NOT-AR Cars.

Alfa romeo type replicas. "NOT-AR" means "not Alfa romeo".


Nothelle: Germany

Nothelle GmbH & Co. KG.

Tuning for Audi, VW, Seat and Skoda


Nova: Canada --- Bus

Nova Bus Corporation. A subsidiary of Volvo Group.  

北米におけるバスのトップメーカー
2004年10月以降、Volvo groupがオーナーとなっている。


Novitec Rosso: Germany --- Tuner

Tuning for Ferrari


NOVOP s.r.o. / NOVOPLAN: Slovakia --- Bus

NOVOPLAN bus production, Production of special extensions on chassis KAROSA, AVIA LIAZ, Repairing motors for LIAZ & KAROSA


NSU: Germany

 1900年からモーターサイクル製造を開始。1905年、四輪車市場に進出したが、1929年に撤退し二輪車に専念する。
 第二次大戦後の1958年、「プリンツ」によって四輪車市場に復帰。
 1950年代初頭から始めたロータリーエンジンの研究開発によって一躍世界中に名が知られたが、ロータリーエンジンに固執したことによって経営が悪化。1969年、VWの下でAuto union-Audi と合併して Audi-NSU-Autounion AG となったが、1977年限りでブランドが消滅した。


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